大晦日は「言葉の大掃除」

大晦日は「言葉の大掃除」

年末になると、家の大掃除をします。
棚の奥から忘れていた物が出てきたり、
「これはもう使っていないな」と気づいたり。

言葉にも同じことが起きているような気がします。
特に英語を学んでいると、知らないうちになんとなく使っている言葉が溜まっていきます。

今日は大晦日。
英語の勉強をがんばる日ではなく、言葉を少しだけ整理する日にしてみようと思います。

今年、使いすぎた英語はありませんか?

たとえば、こんな単語。
 ・very
 ・good
 ・nice
 ・fun

どれも使いやすい、とても便利な言葉です。

でも、便利すぎる言葉には落とし穴があります。

If everything is good, nothing is clear.
「何でも good だと、結局何も伝わらない」

「good」と言いながら、本当は
安心したのか、楽しかったのか、納得したのか、
自分でも曖昧なまま使っていることは意外と多いものです。

「知っている」と「分かっている」は違う

正直に言うと、今年は自分自身の英語の勉強はほとんど進みませんでした。

その一方で、小学生に準1級や1級レベルのレッスンをしていて何度も立ち止まることになりました。

「知っている」と思っていた単語やトピックが、英語だけでなく日本語でも実はよく分かっていなかったのです。

調べてみると分からない。
さらに調べると、もっと分からない。
でも、なぜかそこから抜けられなくなる。

気づけば、かなり深いところまで調べていて、
そして、それが思いのほか楽しかった。

大人の英語学習でいちばん多いのは、
「分からないこと」ではなく、
分かったつもりの言葉なのかもしれません。

英語学習の向き合い方は、変えられるのか

英語学習も本当はこういうものなのだと思います。
単語数やテクニック以前に、少しでも「中身」に触れられたとき、英語への向き合い方そのものが変わる。

それで日本人全員が英語ができるようになるかは、正直、分かりません。

そもそも、多くの子どもや保護者にとって、 英語は「できるようになりたいから」ではなく、「受験があるから」学ぶものなのかもしれません。

でも、それが悪いとは思っていません。
どんな入口であっても、言葉を雑に使わなくなった瞬間、学びは少しだけ深くなると思うからです。

今年の終わりに、ひとつだけ

今年は、これまで生きてきた中でも、一番悲しいことの一つと呼べる出来事がありました。

ただ、不思議なことに、それと引き換えのように、いくつかの良いことも生まれました。

人生はきれいに帳尻が合うわけではありません。
来年、何が起こるかも分かりません。

でも、もし来年、何か一つでも「これはプラスだった」と思えることがあれば、それで十分なのかもしれない。
そんなふうにも思います。

七転び八起きという言葉は、
前向きというより、現実をよく分かっている言葉なのだと思います。

言葉は、来年もそこにある

今日は、新しい単語を覚えなくていい。
問題集を開かなくてもいい。

ただ、今年いちばん雑に使っていた言葉を、 一つ思い出すだけで十分です。

This year, I learned how much I didn’t know about the words I thought I knew.
「今年、私は“知っていると思っていた言葉を実はよく知らなかった”ということを学びました」

今年が終わります。
学習が少し止まる人もいるでしょう。

でも、それは失敗ではありません。
ただの end です。

英語は来年もそこにあります。
言葉は逃げません。

大晦日は、
言葉の大掃除をするのに、ちょうどいい日です。



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